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土木、信州、家族を愛するブログ

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昨年の総括と今年一年の計

あけましておめでとうございます。
一年の計は元旦にあり。ですが昨年の総括がまだです。とうとうこのブログの更新も年末年始行事になりつつあります。
twitterも最近は飽きてきて、最近はもっぱらFacebookにて近況報告しておりますので、リアル知人の方はぜひ友人申請してください(笑)。

さて、昨年の目標に対しての総括です。
◎「労働安全コンサルタント合格」
口述試験を昨年の1月28日に受けて、3月に発表。結果は無事に合格しました。
コンサルタント会は会費が高いのでサラリーマンの間は技術士会の労安コングループに入ることにしました。
技術士かつ労安コンでご活躍中の先輩諸氏に囲まれて、さらなる高みを目指したいと思います。

○「技術士総合技術監理部門合格」
筆記はなんとか合格。口述試験で合格すれば◎。

△「ソフトテニス再開」
ほぼ×なのですが、大学の先輩との夏合宿を考慮して。
敗因は春先にやってしまったサッカーでの肉離れ。右足ふくらはぎをやっちゃいましたが、そのあと左足を痛めたり、両足の太もも前面を痛めたりと昨年は散々でした。

×「家族登山」
上と同じ、パパの肉離れにて計画倒れ。ハルコも部活忙しいし、しょうたろうも今年は中学だし、なかなか難しいかなあ。

△「工事年内無事竣工」
お客さんの都合などもあり、28年度に繰り越しすることになりました。途中までは年内完工のペースでしたので△。

というわけで本厄の平成27年は5割くらいでしょうか。

次に今年の目標。

「技術士総合技術監理部門合格」
筆記の結果を無駄にせず、口述試験がんばります。

「学術論文の作成開始」
これはライフワークにしたいと思っています。労働安全と建設マネジメントをテーマに考えています。次の現場からデータ取りも始める予定です。

「ソフトテニス再開」
今年こそは!

「登山×3」
家族というのはハードル高く、かといって下げすぎても目標にならないので、回数3回を掲げたいと思ます。

「外国語の学習」
英語にするか北京語にするか。できれば北京語の記憶を掘り起こして伸ばしたい。これも単年度の目標ではなく、ライフワークとして続けられればと思います。オリンピックもあるしね。オリンピック後は国内に仕事ないかも知れんしね…。

というわけで今年の目標を実現すべく、日々精進していきたいと思います。
今年もよろしくお願いします。
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| 徒然なるままに | 20:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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労働安全コンサルタント口述試験

まだこれから受験される方のために、質問内容を残しておく。

・受験動機
・安全に関わった経験
・これまでに経験した事故とその対策
・労働安全コンサルタントが守らなければいけないこと
・クレーン作業での指導事項
・スレート踏み抜き事故の対策
・高齢者作業員への配慮
・交通労働災害の対策
・労働安全衛生マネジメントシステムの効果

それぞれの回答に対し、不足していれば回答を促してくれたり、最後は「こうですよね」と教えてくれたり、終始和やかな印象。逆に軽くあしらわれているのでは、と少々心配でもあります。

合否発表は3月20日。

| お受験 | 17:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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一年の計

一年の計は元旦にあり。(すみません、元旦ではありませんが)
いつものように今年の目標を掲げてみたいと思います。
特に今年は本厄です。いろいろなことに挑戦し、知力体力充実させて厄を払拭したいと思います。

「労働安全コンサルタント合格」
昨年筆記試験に合格し、今月末に口述試験を受験します。
口述試験の合格率は8割程度だそうですが、2割は落とされるという現実。しかも他の受験者に比べ明らかに実務経験が少ないため、不利なのは明らか。でもせっかく筆記を通ったのでこのチャンスを逃すことなく、まず新年初っ端の試練を潜り抜けたいと思います。

「技術士総合技術監理部門合格」
去年は明らかに一昨年に比べて準備不足。業務の繁忙度は昨年に比べて竣工検査等はありますが軽くなるはずですので(転勤が無ければ)、まずは基本、しっかり青本を学習したいと思います。
最近不合格慣れしてきてしまってるのが危険です。

「ソフトテニス再開」
去年、久しぶりにラケット握りました。姪っ子がソフトテニス部に入ったのに触発されたのもありますが、夫婦の共通点としてソフトテニスは一緒に楽しめる大切なスポーツです。なんとかママちゃんをなだめて市の大会に出てみたいものです。出るだけですが。

「家族登山」
簡単な山でいいので、どこかに登りたいですね。ハルコの部活が忙しいのでなかなかチャンスはありませんが。

「工事年内無事竣工」
いきなりお仕事の話ですが、現在勤務している外郭環状道路千葉区間の「高谷IC改良その6工事」契約上の工期は4月末。ですがいろいろあって工期延長は確実。年明けからその協議に入りますが、なんとか年内には工事が完了するよう工程調整・管理をおこなっていきたいと思います。また当然ですが無事故無災害での竣工を目指したいと思います。

というわけで、結構ハードル高いんですが、今年の目標を実現すべく、日々精進していきたいと思います。

| 徒然なるままに | 22:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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2014年を振り返る


今年も残り10分少々。そもそもブログの更新が今日含めて三日間という放置状態ですが、新年に打ち立てた計画に対し反省含めて振り返りたいと思います。

「自己研鑽」
今年も技術士総合技術監理部門はダメでした。
労働安全コンサルタントは筆記試験に合格することができました。年明け早々口述試験に臨みます。
その他、長野県技術士会のCPD行事、コンクリート診断士更新研修等参加しました。
なかなか昨年と同様、業務の繁忙度が半端なく、受験するのがやっとの状況。その中でつかんだ労安コンのチャンス。今年の勉強の成果というより、これまでの積み重ね、といったところでしょうか(苦笑)。

「薪作り」
ばっちりです。
いい運動になります。自転車通勤含め、体力衰えないよう、体は常に動かしています。仕事でなかなか動かなくなりましたし…。

というわけで、かなり低い目標でしたが、何とか7割方クリア。このまま常に進化するオヤジ、前進するオヤジでいきたいと思います。

来年もいい年でありますように。

| 徒然なるままに | 23:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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民家再生の記録 その4 【完成】

再生する前の家は、夏は風通し抜群で涼しいのですが冬もまったく気密性がないので「外より寒い」。朝起きると吐く息が白く、着替える際は息を止めて気合入れないと脱げませんでした(笑)。
台所・食堂は薄暗く、昼間でも照明をつけないといけない生活。住人は当たり前に思っていたのですが、川上先生から「暗すぎる」と苦笑いされてしまいました。

また、過去に増築や補修を重ね、トタンの波板で覆ったり質の悪い材料を使っていたりしていたため、当時と同じ材料というわけにはいきませんが、無駄を省き、素材を生かす作りにしていただきました。

風通しは再生前と変わらず、エアコンなしで十分生活できます。
基礎は束石をコンクリートで固定しましたが、地面と固定していないため地震の力を上家に伝えにくい構造にしていただいています。また壁も極力増やしていないため、全体が「ピン構造」となって揺れて被害を和らげる、元の構造に近いものとなっています。

バリアフリーは程遠いものになっています。その分、老化は防げると思います。昔の人も、年寄りだって段差をまたぎ、踏み越えて生活してきたはずです。

現代のスマートな生活からは多少距離を置く、そんな家になったと思います。でもこうして家でブログはアップできますし(笑)。

再生前1
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再生後1 車庫が無くなり、物置が小さくなりました(電柱と電線は写真加工で消してあります)
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再生前2
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再生後2 玄関の位置が変わりました
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再生前3
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再生途中3 当時の壁が残っていました
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再生後4
玄関上の吹き抜け
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みんなの書斎(黒壁をそのまま保存)
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土間縁
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夜景外観
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| 民家再生への道 | 23:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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民家再生の記録 その3 【構築】

今回恵まれたのが、職人さんたちの技術。
解体された後のストラクチャーを目の前に、もしかしたら「挑戦状」のようなものを受け取ったのかもしれない。
もちろん、「仕事」と割り切ってしまえばそれきりですが、それ以上の「仕事」をしていただいたように思えます。

工事の主役、大工さん
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新旧の融合
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大工さんの遊び心。大戸を支えていた造作を残してくれました
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移設した玄関に大戸を支える造作をそっくりそのまま新たに作ってくれました
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下駄箱にはもったいない(笑)
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今回川上先生が感心していた塗装屋さん。腕も気前もいい。新材を古材と同じように色合わせ
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建具はできるだけ既存のものを再生していただきました。写真は新しい障子
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壁はほとんどが「真壁」の漆喰塗り。真壁とは柱を露出させ、柱=木が呼吸できるようにする構造。

左官屋さんは千曲市の武田組の職人さんが来てくれました。これだけの腕前の左官職人は滅多にいないそうです。
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設計担当の跡部さんと電気屋さんの遊び心。井戸のスイッチをそのまま再利用してもらいました。
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かわかみ建築設計室の照明シェード
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| 民家再生への道 | 21:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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民家再生の記録 その2 【解体工事】

設計でお願いしたのが、

・風通しの良さを残したい(エアコンは使わない)
・壁を増やさない(上記と耐震性を上げない)
・柱と基礎を固めない(耐震性を上げない)
・扉は引き戸(かの池波正太郎先生のご自宅のこだわり)
・薪ストーブ設置
・トイレは1階

ほかにもいろいろ注文を付けさせていただきましたが、ほとんどを叶えていただくことができました。
また川上先生からは、奥の座敷の重要性を説かれ、家の半分は間取りを変えずに「補修」とすることになりました。
繋がなければいけない伝統と、現代の家族の生活スタイルを融合した、すばらしい再生案となりました。

とにかくコスト低減が我が家にとって重要でしたので、解体規模は最低限のイメージでしたが、実際工事が始まるとかなり激しく解体されたため、「おいおい大丈夫?」と心配になってしまいました(苦笑)

物置の解体は三分の二を残して
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解体状況
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露わになった天井裏の梁
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かつて竈により燻された壁が出てきた
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シロアリにやられていた部材もありましたがほとんどが途中で増築した部分。建築した当初の部材は適材適所に樹種を使い分けており、例えばシロアリにやられやすい土台の部分は堅い「栗」が使われていました。また、柱や梁が他の民家と比べて強固(太い部材を使っていたり、密に組んでいたり)にできており、来ていただいた職人さんに「すごい」と言っていただき、喜んで仕事をしていただくことができました。

昔の職人さんの技術、当時この家を建てたご先祖様の意気込み、そして施主としてこの「事業」に関われることにあらためて誇りと感謝を感じることができました。

| 民家再生への道 | 20:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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民家再生の記録 その1 【片づけ】

久方ぶりの更新です。

去年の盆休み明けから今年のGW前の約8箇月、民家再生工事が行われました。

「民家再生」という言葉を知ったのはまだ学生の頃。たまたまママちゃんの家に飛び込み営業に来たのが今回施工をお願いした千広建設さん。なにか運命的なものを感じます。
実際には設計など取りかかったのはハルコが小学1年生。足かけ7年。
その間、パパは2回の転職。
一時は住宅メーカーのリフォームプランも考えました。結局は民家再生工事に造詣の深い、川上先生のかわかみ建築設計室にお願いすることになりました。

再生前の我が家
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取り出した仏壇の上からカイコの繭が…。
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神棚の奥から出てきた金毘羅様、七福神
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古銭
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その他、昔の生活道具や農機具など、学校や博物館にありそうなものがぞろそろ出てきたり、使うあてのない大量の食器や大量の炬燵(笑)、布団(笑)などなど、処分業者さんも苦笑いの大量の廃棄物を処分しました。

必要な生活道具や家電、再利用する建具等は、ちょうど近所に知り合いの空き家があったためそちらに移動したり、物置の改修を先行して行い、そちらに保管することができました。

とにかく昔の人はものを大事にして捨てない。なんでもとりあえず取っておく。おかげで使える建具等もありましたが、やはり不要なものは自分の代で処分することが大事ですね。まあこの家を残すことも、後世には迷惑なことになるのかもしれませんが。

| 民家再生への道 | 20:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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新入社員に「読んで」と紹介してしまったので久々の投稿です。

梅雨入り前ですが昨日までは熱中症が心配されるほどの暑さに見舞われていました。が、一転今朝は肌寒く、今日から週末にかけて天気が崩れるそうです。

我々建設業は基本的に外で作業するため天候に左右されやすく悩みの種です。土は水を吸えばぐちゃぐちゃになるし、生コンはセメントが流されてしまう。溶接も水は大敵。また現場の内外から雨が流れ込んで構造物が壊されたり、逆に外に泥と一緒に流れ出したり、近隣の排水が溢れたり。心配事は尽きません。
「雨(アメ)と無知(鞭)」は現場にとって大敵なのですが、工期をあせるあまり無理して失敗、なんて若い頃の苦い経験は誰も持ってるはずです。後処理を思えば、止める決断も重要です。なかなか難しいけど。

止めたらぴーかん、やると決めたら降りだす、なんて嫌がらせもよくある話。大事なのは恨み節ではなく、いかにその時に応じて最適な判断ができるかどうかです。工事を止めるのはネガティブに思われがちですが、状況によってはポジティブな判断で、非常に重要であり、非常に勇気のいる難しい判断なんです。これは苦しめられた当人にしかわからないですけどね。

というわけで本日生コン打設。うちの若手君たちは今苦しんでいます。

| 土木を盛り上げよう | 06:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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一年の計

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

さて、今年の目標。今年は「不惑」。「初老」という表現も四十だそうな。少しショック(苦笑)。でも掲げるだけ掲げるのだ。

「自己研鑽」
連敗中。それ以前に集中力がない。仕事にかまけてる。
自己研鑽は業務にも結び付くが、ライフワークとしても充実させていきたいし、常に目標を持つことが重要だと思っている。今年も懲りず技術士総合技術監理部門と労働安全コンサルタントを目指す。
受験以外には引き続き、技術士会や土木学会の行事に参加します。

「薪作り」
4月には民家再生が完成、薪ストーブが導入されます。薪作りはただ薪を割るだけでなく、山から木を切り出したり、地域の情報を集めてもらいに行ったり、NPOの行事に参加したりと、これもライフワークとしていくには十分すぎるテーマ。具体目標として最低1シーズン分を自分で調達し、薪置き場の整備もする予定です。
体力づくりにも繋がると思います。

以上、今年はこの二点に絞って、目標達成に努めたいと思います。

| 徒然なるままに | 06:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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2013年を振り返る

ほったらかしのブログですが、年末年始はやはりここで。今年も一年を振り返ります。

「体力づくり」・・・◯
◎ではありませんが◯。自転車通勤くらいしかありませんが、楽に漕げるようになりました。なかなか現場を走り回る立場ではないのでこれぐらいしか体を動かす機会がありませんが、適度な負荷を与えて弱体化しないように気を付けます。
ちょっとショックだったのがスノーボード。全然思うように動かずちびたちスキーヤーにおいてけぼり。頑張らねば。

「社外活動」・・・△
土木学会、技術士会の講演、講習会に参加。また今年は母校大学三年生の合宿講義にも参加。建設業会に進もうとする若い子らと熱い議論を交わしました。
もう少し専門外の活動をしたいのでそこら辺で△。里山整備のNPO活動に参加しようかと思っています。

「自己研鑽」・・・△
全滅。今年は技術士総合技術監理部門と労働安全コンサルタントを受験。どうも集中力がイマイチです。
外国語は全く手付かず。×に近い△でした。

「民家再生」・・・◎
8月に無事着工。設計、施工の技術が我が家の歴史に命を吹き込んでいます。
解体されたストラクチャーを見て改めて感じたのが当時の建築技術の素晴らしさ。そしてこれを残したご先祖様のありがたさ。この再生後、さらに100年の歴史を刻んでほしいと思います。

「家族サービス」・・・◯
目標としていた登山は初日の出の森将軍塚のみでしたが、TDL行ったりスキー泊まりで行ったり。引越し等でバタバタでしたのでこれが精一杯かなぁ。


そもそも一年の「目標」が保守的というかマンネリ化しつつある。これは反省。攻めに入れないのは仕事にかまけてるせいでしょうね。

仕事では1月に成田空港の西側誘導路工事が無事に竣工。社内の技術冊子執筆や来年のカレンダー(土木用)採用等、記録に残すこともできました。
2月には千葉県市川市の外かく環状道路の工事現場に着任しました。ここでも業務は現場管理というよりは計画や不具合等突発的な事象の検討など、カラダよりアタマ使ってます。
比較的若いメンバーで構成された現場なので経験不足からの手戻りや無駄がちょくちょくですが、それをカバーする熱意と努力で困難を乗りきっていかねばなりません。

民家再生は機をみて記録をまとめたいと思います。実はPCからのブログアップがうまくいかず、最近はスマホから。Facebookには随時アップしてますので見つけてください(笑)。

というわけで、紅白をヒヤヒヤしながら横目で見つつ、今年最後のブログアップ、一年の反省でした。
みなさんよいお年を。

| 徒然なるままに | 22:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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派遣社員

我が現場も派遣社員のお世話になっている。事務しかり、現場管理しかり。
前の現場でとある測量会社から派遣してもらい、今回の現場にも来てもらっていた若手君。実は今日、現場所長から彼がやめたがっていると聞き、もともと飲む予定だったが彼と飲んで話を聞くことができた。

ここで詳細は書かないが、彼はもとの職場、本来の測量会社に戻りたいとのことだった。正直、二現場目に引っ張ってきて、自分の仕事の繁忙さにかまけて彼へのフォローがおろそかになっていた。現場職員とはうまく馴染んでいたのでそれでよしと勝手に判断していたが、彼には彼なりの仕事の流儀と言うか、問題意識があったようだ。それに今まで気づかなかった、気づこうとしなかったのは本当に申し訳ないと思う。

彼は所属会社の6年目でうちの会社に来てもらった。本業の建築墨出しではなく、慣れない土木の丁張りや測量補助、内業の写真整理、僕は彼の仕事に何一つ文句はない。僕は文句がなかったが、彼の不満に耳を傾けていなかった。
今日、彼から、「8年目になってこんなことも知らないのか、と思われるのが耐えられない」と元職場への早期復帰への思いを打ち明けられた。

ああ、僕は彼の大事な2年間を、奪ってしまっていたのだ。

確かに今の業務は、彼がフル稼働するほどではなく、薄々は感じていた。でもそこまでの彼の思いまでは至っていなかった。いてくれればそれでいい、極端に言えばそんな感じ。

彼のような問題意識を抱えて仕事に向かう若手は残念ながらうちの社員に見られない。少なくとも自分の前には。その問題に程度はあるにしても、現状に満足し、甘えている若手が多いのではないか、と危惧する。

じゃあ僕が若手だった頃はどうか、と問われれば耳が痛い。今の年代になって気付くことはいくつもある。あぁ、あの時僕はこれを言われていたのだ、と僕が言う立場になってはじめて気づくこともある。でも当たり前のように言わなければいけない立場でもある。言うしかない。

派遣社員に偏見がある、と思われても仕方がないが、彼のような派遣社員は珍しい。まあ派遣会社に籍をおいているわけではなく、たまたま籍をおいている測量会社が派遣業の資格も持っていて、僕が社長に声をかけてしまった、だから一般的な派遣社員とは異なる。もちろん、優秀な派遣会社の派遣社員もいる。優秀とは、自分なりの考えをもって行動できる、と僕は思っている。

現場所長の相談を受け、僕は彼の意思を尊重すべきだと助言した。今日彼の思いを聞いて、それは間違っていないと断言できる。確かに彼が抜けるのは辛い。でも彼の生き方もある。それを犠牲にするわけにはいかない。

今日は彼の思いが聞けて、いい酒が飲めた。

| 徒然なるままに | 22:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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看板

ことあることに書いてはいるが、僕らは所詮、企業の傘の下で仕事をしているわけで、悲しいながら仕事の相手は自分ではなく看板をみている、ということが多々ある。

看板に頼れない、と感じたのは海外に出たときだ。日本ではリーディングカンパニーの一員だと自負し、良くも悪くも世間の目もそう向いていた。でも海外では違う。看板の力が働かない。

自分のスキルを磨かなければならない、その意識は今でも持ち続けている。仕事の付き合いは会社同士の付き合いだが、できれば個人として相対したい。看板抜きに戦いたい。

資格を取るだけで名刺に載せて満足してては看板と代わりない。資格のネームバリューに甘えてしまえば同じこと。大事なのは、裸一貫で本当に今と同じように付き合ってもらえるのか、そのことである。

会社の看板も、資格も、いってしまえば権力だ。それを振りかざしても振りかざさなくても相手がそう感じたら権力なのであって、それが本当の実力かどうかは疑わしい。

自分の実力で相手と向き合う、相手も看板ではなく自分を見て勝負を挑まれる、そうなれるよう日々研鑽し、仕事上でも相手にそう接している(つもり)。

威張り散らしたり、下請けは元請けに従って当然、と勘違いする輩が残念ながら多い。僕も気を付けないと自分で意識しなくてもそう思わせてる場合もある。でもそうじゃない。

それをちゃんとわからせるのって難しい。確かに、現場には安全や品質などの秩序もあり、それが対等の関係では守れない場合もあるかもしれない。上から押し付けなきゃいけない時もある。でも押し付けられてそれが本当に理解されたかなんてわからない。理解していないと考えるのが普通だ。押し付けるのではなく、自ら率先してこそ意味があることだと思う。

看板を背負うのはいいプレッシャーでもあり、決して悪いことではない。プレッシャーを感じつつ、一個人として勝負で来る実力を身に付けるがため、これからも日々研鑽していかなければいけない、そう思っている。

これを他人に強要しようとも思わない。大事なのは自主性なのだから。

| 徒然なるままに | 00:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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安全帯

安全帯。「あんぜんたい」と読みます。
工事現場では高所で作業する際、命綱としてこの安全帯を腰に巻き、ロープの先にあるフックを、身体を預けられるものに掛けるのです。

これは僕の個人的な意見であり、こんなことを言っていると会社や監督署に怒られてしまうのですが、僕はこの「安全帯」に偏重しすぎるのは如何なものかと思うのです。
なんでもかんでも安全帯。2m上ったら安全帯。トラックの荷台に上ったら安全帯。

「高所作業時は安全帯を使用します」と朝礼で職長さんが呪文のように毎日唱えています。
僕らが現場に巡回に出ると慌てて安全帯を目の前の手すりに掛けています。
こんなのでいいのでしょうか?

そもそも安全帯なんてのは最後の砦であって、高所から墜落して地面に激突するくらいなら宙ぶらりんになって助かった方がマシ、というものであって決して安全帯を掛けて宙ぶらりんになっても無傷というわけにはいきません。そうとうの衝撃を腰や内蔵に受けますので「墜落して死ぬよりはマシ」程度なのです。それを本当にわかっているのでしょうか?

だから安全帯をしなくていいとは言いません。安全帯をする前にやることがあるだろう、と言いたいのです。
本当に高所でやる必要があるのか、その場所にいく必要があるのか、その状態で作業しなければならないのか、そんな足場で大丈夫なのか。安全帯をしていたって、その掛けた親綱(ロープ)は本当に命を支えてくれるのか、弛んでいないか、固定されているのか。
これを、している本人も、させている管理者も、本当に理解している人って悲しいながらほとんどいない。残念ながら元請け側の人間だって怪しい。

命を守る最後の砦を、言われてるから、怒られるから、やらされてる、仕方なくやる、いやいややる。

僕は2mの足場から転落するくらいなら、安全帯でぶら下がるより、そのまま落っこちた方が軽傷ですむと思う。トラックの荷台から落ちれば、運悪ければ骨折するかもしれない。そのとき安全帯をしていなかったから、だから骨折したんだ、だから悪いんだ、そんな結論は間違っている、そう思う。じゃあ安全帯をしていたらどうだったんだ?
本質はそこではなく、他に作業の方法はなかったのか、もっと安全な足場に出来なかったのか、そこに目をつけて欲しい。

「安全第一」は言うのは簡単だけど、現実は非常に難しい。いくら口酸っぱく言ってもなかなかそうはならない。僕の頭の片隅でも、それを軽んじているのかもしれない。

安全帯は最後の砦なのだと、少なくとも僕とか関わった作業員さんには、頭の片隅に刻み付けたい。安全は難しい。だから第一にしなければならない。

| 徒然なるままに | 01:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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秋の夜長に多様性を考える

 この言葉を意識するのはごく最近になってからだ。それまでは自分本位だったのだと思う。大きく意識するようになったのは海外勤務を経験したからだろう。

 『日本の常識は世界の非常識』なんてよく言われてたけど、全くその通りで、まだ台湾だったから日本人の感覚に近いものがあったかもしれないが、日本人の感覚そのまま他国に持ち込んでは仕事にならない。

 多様性は異なる文化、言葉の国同士の話だけではない。身近で言えば職場であっても感じる場面は多い。というか一番必要に迫られているのが職場だ。
 世代、性別、既婚・未婚、学歴、職種、それこそ多種多様な人たちの集まりが職場である。ましてや建設業界の現場業務になると役所や設計コンサル、下請会社の作業員さん、近隣住民から通りすがりの一般市民、多種多様な人たちと接する機会がある。
 これらの人々とうまく付き合い、仕事をスムーズに進めるためにはこの多様性の意識が欠かせない。

 「この世代だからこういう思考だろう」「女性だからこうに違いない」「役人なんて大体…」と一見他の存在を認めていそうで実は自らの固定観念に知らないうちにがんじがらめになってる場合も少なくない。

 多様性を認めるにはまず相手とのコミュニケーションだ。相手を知ることが一番手っ取り早い。しかし先入観をもって相手と接すると、そのコミュニケーションもうまくいかない場合だってある。問題は、そう陥ってしまった場合に自分が気づけるかどうかだ。「自分は大丈夫だ、相手をしっかり思いやっている」と思っていても、無意識のうちに、ステレオタイプを相手に当てはめていたりする。

 建設業は同じ条件で同じものを二度と作ることがない、「一品生産」の世界で、いくら経験を積んでもそれがすべて当てはまることはない。それぞれの条件を観察し、理解し、受け入れることでトラブルを避けることができる。「想定外」という言葉がある。この言葉は言い訳であって単に「想定出来なかった」に過ぎない。想定、想像できていれば想定外ではない。

 相手が人間の場合だって同じことが言える。会話が成立している、思いが伝わっていると思っていたのに実は伝わっていない、相手が理解していない。でも実は自分が相手を理解できていなかった、それを前提に(でもそれに囚われ過ぎてもいけないが)、人と接することも必要なんだと。最近仕事しながら思うのである。

| 未分類 | 00:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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図面がつまらない

僕は図面を読むのが好きだ。
はじめて目にする図面はワクワクする。
どんな構造をしているのか、どんな形状なのか、細部はどんな設計がされているのか。

図面には一枚一枚、隅々にいろいろな情報が詰まっている。
材料の仕様、加工の仕様、設計の条件、現地の条件。

じっくり目を通したあとは、じっくり現地を眺める。
現地に形にするには、材料をどこから運んで、どのような工法で、どの順番で施工して、どのように仕上げていくか。

料理で言えば、図面はレシピというより、食材のほうがしっくりくるのかな?
食材をじっくり見定めて、どのように料理していくか。最後の盛り付けや口に入る際の食感、そして味。最終工程までを食材を眺めながら考える。

図面を正しく読めない、僕も経験が浅いうちはそうだった。今でもたまに見過ごすことだってある。あっちゃいけないけど。図面の読み方なんて経験だと思う。どれだけ多くの図面を読んで、どれだけ多く形にしてきたか。多くなくてもいい。少ない経験をいかに真剣に挑んできたかでも、十分に数をカバーできる。

読んでも、つまらない図面もある。はっきりいって最近の図面はこれが多い。ワクワクしない。見れば見るほど間違いに気づく。図面のなかで整合がとれていない。図面と現地の整合がとれていない。
図面が作品になっていない。ただ描いただけ。設計じゃない。デザインじゃない。そこに設計者の意図がない。

思うに、ただ描かされただけ。過去の同種の工事、隣接工区との横並び、なにも考えずに示方書の標準図を採用したり、施工のことを全く考えていなかったり。

僕ら施工者も同じ。ただ作らされているだけ。創意工夫も求められてはいるけれども、お金に絡むことは横並びが基本。とくに公共工事ね。
もっと安く、簡単に同品質のものができるのに、同じ値段で、もっと高品質のものができるのに、杭は出てはいけない。

これでは作ってる方もつまらない。図面だって、描いてる方もつまらないと思う。図面を読んでてそう思う。

もっと各社、各担当者、それぞれの個性が出てもいいのではないだろうか。それが許されれば、この業界も、少しは盛り上がるのでは。そんなことを少し思った次第です。

| 土木を盛り上げよう | 23:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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現場の魅力、施工の魅力

最近の学生、土木を学んだ学生はなかなかゼネコンを志望してくれない。頭の痛い話だ。
先日、大学の先生と話す機会があり、最近の学生が土木学科を選択する理由として、「理系で一番公務員になりやすいから」という意見があると伺った。別に公務員を否定するわけではない。でもなんか寂しい。
役所に入って、計画をしたり、地元や関係機関と調整したり、発注したり、これらも立派な土木の仕事ではある。これがなくてはスタートが切れないのだ。
では、施工者を選択しないのはなぜなのだろう。
きつい、転勤がある、は公務員も同じなはず。
確かにきつい。他社は知らないが、少なくとも僕が経験している二社については残業だらけだ。現場に出れば雨風に晒され、暑い日も寒い日も、現場の作業員さんたちと外に出て仕事をしなくてはいけない。
トラブルも多い。大小あるが決断に迫られる場面も多い。逃げられない。危険も多い。快適なオフィスではないのだ。

それでも、日々現場は進み、構造物が目の前で出来上がっていく。QCDSEという言葉がある。QはQuality「品質」、CはCost「原価」、DはDelivery「工期」、SはSafety「安全」、EはEnvironment「環境」の頭文字。これらを日々管理しながら現場を運営していく。これを怠ると、いいものはできないし、もうけることもできない、約束の期日に完成しない、事故が起きる、環境に負荷をかける、のだ。
この面白さを、たしかに学生にイメージしろと言っても難しいかもしれない。実際、若い頃は楽しいと感じるよりつらいと感じる方が多かった。

転換期はどこかな、と考えてみると、仕事を「やらされる」から「任される」立場になった頃からか。責任の重圧もあるけど、これを乗りきったあとの充実感があることも既に経験でわかっている。終わらない現場はない。

土木を目指す学生は、就職する際、大きく3つに別れる。すなわち発注者となる公務員やインフラ会社、設計者となるコンサルタント会社、施工者となるゼネコン。どれが欠けてもプロジェクトは成り立たない。ゼネコンの不人気は、その仕事の内容が正しく伝わっていないからだと思う。つらいことを隠すつもりはない。つらいなかでの充実感、この魅力を伝えていければ、と思う。

そんなわけでTwitterやブログでの情報発信は、続けていくつもりだ。とはいってもなかなか業務のこと具体的には書けないけどね(苦笑)。

| 土木を盛り上げよう | 19:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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僕らは理系か文系か

どちらかと言えば、どちらでもなく、僕らは体育会系である。

土木は英語でcivil engineeringである。直訳すれば市民工学。

僕らが理系か文系かを意識するのは、まず大学の学部、その手前の高校のクラス分け、だろうか。
で、土木は大学では理系である。物理や数学が根本にあるせいだろうか。

でも、である。まず土木構造物は"文化"を作る。周囲の景色に溶け込んだデザイン、構造物そのもののデザイン、機能的なデザイン、斬新なデザイン。構造物ができたことによる、生活の変化、交流、防災、等々。

出来上がる構造物だけではない。設計や工事の前にはその地域の生活や伝統、文化を調べ、近隣にできるだけ負担を低減した施工方法を選ぶ。
施工中においても作業員さんの安全、人間工学や心理学が大きく関与する。近隣に工事のお知らせを作成する。
これらを理系の学部を卒業した輩が行うのである。

土木構造物はそのものの構造力学、それを支える若しくは負荷を与える土質力学、水理学の3力学、材料工学や測量、これらは確かに分類で言えば理系なんだろう。でも、それだけできても土木技術者として成り立たない。前述した"文化"を意識しなければならないのだ。

「基準値を超えていないので問題ない」「確率は◯%である、云々」等数値に囚われた"理系"ガチガチ人間の見解は批判に晒されやすい。数字を挙げれば説得しやすい、理解を得られやすい、まだそんな勘違いをしている人も少なくない。僕も説明の根拠に数字を挙げるのが楽なので、そうする場合がよくある。
でも、数字だけじゃダメなのだ。その数字をどう感じるか、人によって多いと感じるか少ないと感じるか。だからどう説明しなければならないのか。これを理解してなければならないのが土木技術者、Civil Engineerなのだ。

理系か文系か、であれば僕は限りなく理系に近い文系、なのではないか。ゼネコンや公務員を経験した僕はそう考えているのですが他の土木技術者さん、如何?

| 土木を盛り上げよう | 01:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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僕らのしごと

建設現場で工事の施工管理をする人間にとって、まず第一に考えるべきは「安全」である。
そこで働く人の安全、そこの近くに住む若しくは近くを通る人の安全、それが完成して利用する人の安全、等々。

不安全行動で自分が怪我をすれば自分が痛い思いをするだけ。でも職場の周りの人に迷惑をかける。怪我で済まなければなおさらだ。このパターンを「自殺型」と呼ぼう。
自分の不安全行動によって他人を傷つけたら場合によっては犯罪になる。不注意であってもだ。これを「殺人型」と呼んでみる。
大きくはこの二つのパターンだ。(さらに細かく言えば、全く落ち度がないのに自然災害等で巻き込まれてしまった場合、考えうるすべての方策をとったにも関わらず想定外のトラブルに巻き込まれた場合、もある)

さて、現場で事故が起こる際、僕の経験では多くが「殺人型」である。というかほとんどである。誰が殺人者か(死んでなくてもね)。我々、工事を管理する側の人間だ。

全くの想定外なんてのはまずあり得ない。とは言い過ぎだろうか。
想定してもキリがない。それは言い訳だ。事故が起きたときには、「ああしておけばよかったのに…」「ああやっぱり…言わんこっちゃない…」こんな思いが心の片隅にじわじわ。なんて経験ないだろうか。僕はある(自慢できない)。

僕らは人の命を預かる仕事をしている。その事に気づくのは、気づかされるのは、ある程度責任のある立場に立たされてから。若いうちは気づかないかもしれない。それを気づかせるのも僕らの仕事。

僕らの仕事はモノを作るだけじゃない。いかに安全に、いかに安全な、モノを作る、作る環境を作る。一番はそこだと思うんだよね。

| 土木を盛り上げよう | 01:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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トラブルに強くなれ

現場は生物なので大なり小なり必ずトラブルは起きる。トラブルのない現場なんてつまんない、なんて不謹慎な思いも少なからず、ある。

トラブルとは、自然災害や事故、間違いなど、自分にとって想定外のことを指すとしよう。トラブルに見舞われた場合、過去に経験したもの若しくはそれに近いものなら落ち着いて対処できるかもしれない。しかし経験したことのないトラブルを自分で解決、対処するのはなかなか難しい。陥りやすい状況として、

何が起きたのか把握できていない。
場当たり的な対応で的確でない。
トラブルの重要性に気づかない。
同じトラブルを繰り返す。

などが挙げられる。
トラブルを目の当たりにし、その対応に迫られるのは現場の最先端にいる若手技術者が多い。
ここで僕のトラブル対応術を紹介する。

「何が起きたのかを正確に把握する」
まずどんなトラブルが起きたのか。実は当たり前のようでこれが実際できていない場合が多い。トラブルによってどんな被害が生じたか、当初の目標とどれだけズレが生じているか。原因は何か。これらをできれば具体的な数値を挙げて整理し、机上で再現してみる。気を付けなければならないのは主観を捨て、客観的に状況を把握すること。「たぶん…」「…だろう」はダメではないが、主観が入っているならその事を認識しなくてはいけない。

「今何をすべきか、最終の目標は何か」
初期動作は重要である。特に人命に関わるトラブルの場合、これを誤ると取り返しがつかない。日頃からの訓練や意識はこの場合手助けになる。品質トラブルなどの場合、最終的な目標、目的を見誤ると二度手間、三度手間になるケースが多い。場当たり的な対処が全くの無駄になる。一番いいのは当初予定していた状態に近づけることだ。でも状況によっては目標を変更しなければならないかもしれない。これらは先に述べた状況把握を正しくしていれば間違いは少ない。

「決定権をもつ人間に情報を正しく伝える」
決定権が自分にあるのか、他人にあるのか。わからないようならそれは自分にないと思っていい。二番目の対応ができない、自信がない場合はすぐにこの行動をとる。その代わり一番目の対応を確実に行わなければ情報が正しく伝わらず、対応に時間を要してしまう恐れがある。これぐらいなら自分でなんとかなる、そう思っても若いうちは「この状況でこう考えたが、こうしていいか?」をきちんと報告すべきだ。

以上三点がしっかりできれば同じトラブルを繰り返すことはまずない。同じトラブルが起きても、被害は以前より低く抑えることができる。

当たり前のことが当たり前にできない。なぜなら当たり前と思っているのは自分だけで他人は当たり前じゃないからだ。そんな認識もトラブル回避には役立つ。

常日頃から疑いを持つ。疑問を持つ。なぜこうしているのか、なぜこうなるのか。

探求心。僕のトラブル回避術であり、対応術はここにあるのだと思う。

| 土木を盛り上げよう | 01:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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